2011年09月23日

相場と私たち

相場(売買)に入る時、それは「欲」があるからです。
前回7つの罪源で紹介しましたが、相場に入る欲は「物欲」に当たります。しかし「物欲」それ自体は罪では無く、あくまでも行き過ぎた欲から罪に繋がりやすく、それは戒めるべきであると教えられています。
以前私は相場に入るときには、当然欲があるからこそ「謙虚」になるべきだと申し上げてきました。
だから自分自身をなるべく「第三者的」な視点から見るべきだという事も申し上げた事があります。
自分は今「(儲かって)はしゃいでいるな」とか「(損を出したから)沈んでいるな」などです。
だから相場を長いことやっているといろいろな点に気が付かされるわけです。
そこで私は利食いをするときは、相場に感謝をし、損切りをする時は負け(傲慢さ)を素直に認めるようにしています。
なぜならば相場は大自然の猛威のように、参加者をふるいにかけるからです。
相場がそれまでの顔とはまったく反対の顔をするのは、天主の存在を感じる程に美しい大自然が、突如豹変して、私達の生活を脅かす天災になり得るのに似ています。
ですから自然災害の天災を天罰なのでは無いかという人はこのような畏怖の感情と戒めによる感情があるからなのかもしれません。
人間の欲には際限は無いので、行き過ぎた欲が自身を滅ぼすのは、過去の歴史を見ても多くの説明は要りません。
ですから「幸福」になる手段のために相場というツールを活用したにも関わらず相場にのめり込んだ結果それのために犯罪に繋がったり、それ自体が結果として不幸に繋がるケースがあるのは、なんとも皮肉で悲しいことです。
これも全ては欲といえるでしょう。
相場も欲からはいるのは承知しながらも、そこそこに欲を出さなければ、相場からお金をもらうのはそんなに難しい事ではありません。
問題は相場から何を学ぶかです。
相場は私たちの「物欲」を測る試金石なのかもしれません。
相場から人生の大部分を学んだディーラーもいます。
私たちに本当に必要なのは、「柔和」「忍耐」「謙遜」ではないでしょうか。


小龍



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posted by 小龍 at 07:50| 為替、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする